弁護士 棗 一郎

1労働相談から見えてくる長時間過重労働の実態
 「夫の体が心配なんです。何とか残業をやめさせられないでしょうか・・・」今年6月3日に日本労働弁護団が実施した全国一斉『残業・労働トラブルホットライン』に、夫や息子が働き過ぎで過労死するのではないかと心配した妻や母親からの電話相談が相次いだ。  
 従業員数千名規模のコンピュータサービス会社に勤務する40代のSEの妻からの相談は、信じられないような長時間労働の内容であった。「夫は、平日は毎日朝7時頃自宅を出て行き、夜帰宅するのは終電に間に合わず、午前0時過ぎに途中の駅まで自分が迎えにいっています。いつもだいたい午前2時か3時にしか眠れません。朝まで残業している日もあります。昼食の休憩も取る暇がなく、サンドイッチを食べながら仕事をしているそうです。休日でも、朝9時半に会社に出かけて、終電で帰ることもあります。休日を取れるのは月に5日もあればよいほうで、たとえ休みが取れても、自宅で仕事をしています。常に携帯電話を持ち歩いて、自宅で寝るときも横においていて、どんな時でも会社からの電話に出られるようにしています。顧客のコンピュータシステムのトラブルがいつ発生するか、24時間常に心臓がドキドキしている状態です。会社の上司からは『システムは100%うまく作動して当然だ。』と言われているので、夫の受けるストレスは大きすぎます。」という相談であった。
 私は、思わず、「奥さん、そんな働き方していたら、ご主人は死んでしまいますよ。」と言ってしまった。「いくら40代でまだ体の無理はきくといっても、それではいつ過労死してもおかしくない。代わりの人に頼んで休むとか、仕事を変えてもらうとか、できないですか。」と尋ねると、「会社に異動願いを出しているんですが、代わりがいないと言って聞いてもらえないんです。年休を取りたくても、全く取れません。」という答えであった。私は労働基準監督署を利用できないかと思い、「残業代はちゃんと払われていますか。」と聞くと、驚いたことに「残業代や休日出勤手当は0円です。」ということであった。連日過労死しそうになるまで働かせて、おまけに残業代も支払わない。これでは、この会社の労働者はまるで『現代の奴隷』ではないか。来る日も来る日も際限なく働かされて、やがて過労で倒れてぼろきれの様に捨てられる。
 6月3日の全国一斉ホットラインに寄せられた別表の「主な相談例」をご覧いただければ分かるが、このような、夫や息子の過労死を心配する家族からの相談は多数ある。この日の電話相談の件数は全国で419件であったが、そのうち上記のような長時間労働の相談が99件でトップであり、全体の相談の実に4分の1を占めた。残業代不払いの相談は66件であり、2番目に多い。注目しなければならないのは、「残業代を払ってくれないから請求したい」という相談よりも、「長時間の残業で過労死しないか心配だ」という健康と休みが欲しいという相談がはるかに多いということである。
  日本の企業を支える30代、40代の中堅サラリーマンの長時間労働の実態は目を覆うばかりである。夫や息子は連日の過酷な残業で心身ともに疲れきって、仕事に追われ休みたくても休めない。会社に言っても何もしてくれないし、休みすらくれない。労働組合はあっても動いてくれない。毎日疲れきった夫や息子の顔を見ながら、ただただ心配でどうすればよいか分からない、すがるような気持ちで電話相談をしてみた。そこには、孤立無援で不安に包まれている妻や母親の姿がある。

2長時間労働の社会的インパクト
 日本労働弁護団では、1993年から電話による全国一斉の労働相談と日常的な電話相談、面接相談を継続して実施しており、今年で14年になる。バブル経済が崩壊したとされる92年頃から、日本の雇用社会には「リストラ」の嵐が吹き荒れ、正社員の人員削減のため、退職勧奨、強要、解雇が横行した。以来、今日まで一貫して個別労使紛争事件の相談は増加する一方であり、毎年日本労働弁護団に寄せられる労働相談の件数は、2001年以降年間およそ2300件〜2400件ほどで推移している。日本労働弁護団に8年遅れて、2001年10月に始まった全国の労働基準監督署、都道府県労働局における労働相談については、厚生労働省の発表によれば、平成15年度の民事上の個別労働紛争の相談が約14万800件(前年度比36.5%増)、平成16年度は16万件を超え、平成17年は過去最多の17万6000件(前年度比約10%増)となっている。
 日本労働弁護団では、2002年頃から、残業・長時間労働の相談が急に増えだして、2004年には「残業代不払い」の相談が1位に躍り出て、それまで一貫して1位であった解雇の相談を抜いた。「残業代不払い」と「労働時間」の相談を合わせると、年間で27%を占め、実に4分の1を超える結果となった。2005年、2006年も残業・長時間過重労働の相談が上位を占めている。
 このような長時間労働を背景にして、2005年度には、長時間労働など仕事のストレスが原因で過労うつ、過労自殺の労災申請件数が過去最多となり、脳心臓疾患の過労、過労死の労災申請・認定件数も過去最多となった。東京都内では05年度に「労働時間の不適正な管理、長時間労働や不適切な健康管理」を原因として過労死・過労自殺等を発生させ、監督署が労災認定を行った事業所が48箇所もあった。

3労働時間規制の大幅な緩和・撤廃には反対する
 我が国の職場では長時間の過重な労働が広く蔓延している状態であり、過労による健康障害、うつ病、過労死、過労自殺がかつてないくらい深刻になっていることは、誰の目にも明らかである。にもかかわらず、現在、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会において、「週40時間、1日8時間」の労働基準法による労働時間規制を緩和・撤廃して、日本版エグゼンプションと言われる「自律的労働にふさわしい制度」を立法化することが規定路線のように議論されている。その立法趣旨は、「産業構造が変化し就業形態・就業意識の多様化が進む中」で、「仕事を通じたより一層の自己実現や能力発揮を望み、緩やかな管理の下で自律的な働き方をすることがふさわしい仕事に就く者」が「一層の能力発揮をできるようにする」ために、現行の労働時間制度の見直しを行うと説明されている。労働者が望むから労働者のために立法化すると言っているのである。
 欺瞞である。「自分には労働時間規制など要らない。能力を発揮できるように24時間、一年中際限もなく働きたい。」と望んでいる労働者がいると本気で思い込んでいるのだろうか。断じて、そのような労働者などいない。長時間労働の過労による健康障害、過労死、過労自殺が増加しているという現実を前にすれば、日本版エグゼンプションの導入を支える立法事実はわが国の雇用の現場にはかけらもない。その現実を何ら直視せず、検証もしないまま、導入に突き進もうとする政府、財界、厚労省の態度はどういうことか。何故、拙速な立法をしようとするのか、全く理解できない。長年労働相談の現場で労働者の生の声を聞き、家族の訴えに耳を傾け、遺族の悲しみに触れ、労働事件を多数手がけている実務家弁護士の実感として、日本版エグゼンプション「自律的労働にふさわしい制度」の導入には絶対に反対である。



■<別表>主な相談例


No. 相談地 事 件 の 概 要
1 東京

(職場いじめ、うつ病)
自動車メーカー エンジニア 30代 男性 正社員 

職場で、「仕事ができない」と言っていじめられ、言葉の暴力が続き、うつ病にかかって、1年半も休職した。ようやく職場復帰できたのに、上司から「お前はいらない。仕事はさせない。」と言われて退職強要を受けている。

2

東京

(長時間過重労働)
大手電機 システムエンジニア 30代 男性 正社員

妻からの相談。夫はプロジェクトリーダーで、長時間労働によって体調を崩しているので心配だ。朝8時に出勤し、夜11時まで、毎日タクシー帰り。遅いときは翌日になる。休日は、土日も出勤。肩こり、腰痛が酷く、クタクタで帰ってきてお風呂にも入らないで眠ってしまう。月の残業時間が100時間〜120時間は超えているのに、残業代は80時間までしか支払わない扱いになっている。夫の会社では、このような長時間残業は当たり前で、うつ病の人が4、5人も出ている。自殺者も出たという噂もある。こんな働かせ方はおかしいのではないか。

3 東京

(職場いじめ、退職)
スーパー 広域チェーン店 レジ 50代 女性 パート

正社員20人とパート30人。7年半も勤めたが、最近会社を辞めた。店長のパワーハラスメントが繰り返し、例えば、釣り銭のミスを咎めて「始末書をだせ。そんなミスをするなら辞めてしまえ!」と怒鳴られた。ところが、翌日お客さんが釣り銭が多かったと言って返しに来てくれた。手の怪我で片方が不自由だが、それをバカにされる。職場には「パワハラがあれば、本社の窓口に相談して下さい。」という張り紙があるが、誰も怖がって利用する人などいない。自分も店長が怖くて、言えなかった。店長のいじめががまんできずに辞めてしまった。

4 東京

(長時間残業、過労疾患)
大手機械メーカー 従業員数千名 30代 男性 正社員

母親からの相談。息子は毎日深夜まで働き、終電で帰ってくる。最近、仕事が増えて、土日も出勤し、徹夜することもある。胃潰瘍になって過労で倒れそうである。過労死したらどうするのか、そんなにつらいなら辞めたらどうかと言っても「仕事がつらくて我慢できない。もう辞めたいけど、辞められない」と言って泣いたことがあった。どうすればよいか。

5 東京

(長時間残業、ストレス)
損保会社 従業員約1000名 アジャスター 40代 男性 正社員

損害調査の部署に異動させられたが、労働時間が余りにも長くて、朝7時半に出社して夜11時過ぎまで働き、終電で帰るという毎日であり、仕事自体も向いていないので、ストレスで体調を崩しそうである。他の部署への異動を希望しているが、全然通らない。会社は辞められないが、他の部署へ移りたい。どうすればよいか。

6 東京

(長時間残業による過労疾患)
コンピュータサービス 従業員数千名 システムエンジニア 40代 正社員

妻からの相談。平日は毎日朝7時頃自宅を出て、夜は終電に間に合わず、0時半過ぎに途中まで妻が車で迎えに行く。だいたい午前2時か3時にしか眠れない。朝まで残業していることがある。休日は、朝9時半に出かけて、終電で帰ることもある。昼食の休憩もなく、サンドイッチを食べながら仕事をしている。休日を取れるのは月に5日もあれば良い方で、たとえ休みが取れたとしても自宅で仕事をしている。常に携帯電話を持ち歩き、寝るときも横に置いている。いつシステムトラブルが発生するか常に心臓がドキドキしている。100%うまく作動して当然だと言われるので、ストレスが大きすぎる。異動願いを出しているが、聞いてもらえない。年休も全く取得できず、残業代・休日出勤手当も0円である。

7 東京

(病休拒否、賃金カット)
ガソリンスタンド 従業員30名 30代 男性 正社員

体調を崩して、原因不明の頭痛などがひどく、病気休暇をさせて欲しいと頼んだが、社長は一旦は休んでもよいと言ったのに、実際に「自宅で1週間の安静療養が必要」という医師の診断書を提出して、休みを要求すると、社長が「この診断書では休む理由にならない」と言って受理しない。休めないということがあるのか。
昨年夏頃、会社の車で事故を起こしたら、それを理由に時給を1200円から一気に500円も下げて700円になってしまった。このような賃金カットは許されるのか。

8 東京

(長時間過重労働)
大手家電量販店 売場主任 30代 男性 正社員

母親からの相談。残業代不払い、違法残業で労基署の調査が入り、2回も指導されている。ところが、息子は売り場の責任者で売上げがなかなか上がらず、殆ど毎日午前1時か2時頃に帰宅している。主任になってから2〜3年もこういう残業が続いている。毎日の睡眠時間は3時間〜4時間しかない。休日はあるが、繁忙時期には休日出勤しているし、たとえ休みがあっても、疲れてしまって一日中寝ている。人間としての生活が成り立っていない。どうしたらよいか。

9 東京

(長時間過重労働によるうつ病)
フィルムメーカー 従業員300名 エンジニア 30代 男性 正社

 妻からの相談。夫の残業が多くて、ここ数週間毎日午前2時〜3時頃に帰ってくる。早い日でも午前0時になる。会社の人員整理で人が減っているのに、仕事の量は増えているのが原因。夫は帰ってきてもまともに食事もとれない。目がうつろで考え込んでいて「俺も死にたくないな。」とつぶやいている。労働組合はあるが、頼りにならない。どうしたらよいか。メンタル面がとても不安だ。

10 東京

(残業代不払い)
人材派遣会社 常用 30代 男性 正社員

2年前から取引先に派遣されているが、就労時間は9時〜23時40分で毎月すごい量の残業になる。タイムシートが派遣元に送られるので、管理部長に残業代を払って欲しいと要求すると、自分には権限がなく社長が決めると言って取り合ってくれない。会社は「管理職手当があるので、残業代は払わない。」と言っているが、おかしくないか。自分で請求したいがどうすればよいか。

11 東京

(長時間労働)
コンピューター関連 業務委託 SE 男性 32歳

1ヶ月300時間労働。午前9時から夜12時まで連日働いている。業務委託という形式にされ、これだけ働いても手取りは25万円にしかならない。

12 東京

(違法残業)
50代男性 

月100時間以上のサービス残業がある。本人は当たり前のように働いている。固定残業代で低額しか支払われない。労基署に相談しようといっても、やめろと言われる。

13 東京

(長時間労働)
商社 営業 33歳 男性

夫がゴールデンウィーク明けからまったく休みがない。午前7時から8時に出社し、帰宅は午前様。上司は、「労基署が入るから早く帰れ」というが、業務量が多すぎて帰れない。メンタル面が心配だ。 

14 静岡

(不当な解雇)
特別養護老人ホーム 女性

妊娠すると、自己都合として辞めさせている。これまでに、10人以上が妊娠を理由に解雇された。

15 東京

(長時間労働)
外資系経理 38歳 男性

娘婿の相談。長時間労働で「辞めたい」と言っている。毎日午前1時、2時まで働いている。職場で精神に異常を来している人が多い。

16 東京

(長時間労働)
コンビニ 35歳 男性 

朝7時から夜12時まで勤務。土日休みが全くない。GWも休みが1日もない。結婚できず、同僚では過労で交通事故、自殺の被害者も出ている。

17 東京

(長時間労働)
自動車販売 男性 38歳

夫の帰りが12時。遅いと3時に帰る。今のような生活が続くと病気になる。病気になる前に何とかしたい。夫の会社ではタイムカードを実際より早く押させられている。 

18 東京

(長時間労働)
電機大手 エンジニア 27歳 男性

父親からの相談。午前8時に家を出て、帰宅は午前1時。土日は休めているが、くたびれて寝てばかりいる。食べるとそのまま寝てしまう。どうしたらよいか。

19 東京

(退職勧奨)
中小企業支援財団 営業 20代男性

残業代を請求したら、さかのぼって2年分が支払われた。すると、嫌がらせが始まった。タイムカードを持ち帰ったということで、始末書を書かされた。就業規則の改定に対して、意見を述べた。その後、一方的な服務規程が出され、労基署に届出をしたかを質問したら、「何のことか分からない」と言われた。

20 東京

(長時間労働)
設計 45歳 男性

実態は正社員なのに業務委託の形を取られている。月に70時間の残業があるが、まともに払われない。

21 京都

(地域限定社員制)
大手電機メーカー

2001年度に新たに「地域限定社員制度」を協定により導入。相談者は本社採用社員であったが、家庭事情から「地域限定社員」への転換を希望し転換。しかし、実態としては地域限定社員も転勤を命じられることが多く、給与は通常の社員より7〜10%も低いため、メリットがない。そこで、相談者は、2年前から通常社員に復帰することを求めているが、拒否されている。

22 広島

(サービス残業)
出版社の契約社員 30代男性

月曜日から金曜日までの所定労働時間は午前9時半から午後6時までだが、実態は午前9時から午後10時まで。多数が退職し、残っている従業員全員がサービス残業を強いられている。

23 広島

(残業差別)
金融機関の営業職。男性・40代

本年6月1日、同職種従業員のうち、自分だけがそれまで行っていた 午後8時までの残業に従事することを禁止され、午後5時に退社するよう命じられて いる。 仕事がこなせず、このままでは営業成績が下がり、様々な不利益を受けることとな る。