2004年 新年号 <Vol.36>

■創立50周年を迎えて

 事務所は1954年に創立されました。今年で50年と思うと感無量です。この年は種々の意味で疾風怒濤、波乱の年でした。合理化、人員整理を巡り激しく闘われた三鉱連等の闘い、日産自動車ストと分裂、近江絹糸の人権闘争、東証、大証、名証でのスト、地銀スト、中小零細企業における組合結成とスト、官公労の活動の活発化と相次ぐ処分等、組合運動が高揚し、戦闘性を回復していった年でした。組合数、組織率、争議件数は戦後最大。その一方、基地拡張に対する内灘、妙義、原水禁運動等の平和闘争の全国的拡がり、また、教育二法、秘密保護法、警察法等の反動立法阻止闘争、これを巡っての国会乱闘事件等、激しい攻防と広範な運動がカ強く展開されています。一方、造船疑獄事件、保守再編の動きも始まっています。このような情勢下にあって労働組合、労働者・市民の権利と生活の擁護、日本の平和と独立、民主主義擁護を目指した事務所として当事務所は創立されました。正に時代の要請にこたえた事務所創立だったと思います。以来、民間、官公労を問わず数え切れない労組、労働者の闘いに参加し、砂川を始め多くの基地闘争、60年、70年の安保闘争、警職法、政暴法等の治安立法阻止闘争、高度経済成長下に始まるイタイイタイ、スモン、安中事件等の薬害、公害闘争、最近はHIV、ヤコブ、八ンセン、環境汚染等の闘いにも加わって来ております。往年の激しい労使紛争は激減していますが、解雇、その他の不利益処分、労基法違反、リストラ・倒産を巡る問題等、労使間の紛争は後を絶たず、その解決に日夜忙殺されているのが現状です。現在、司法界は司法制度の改革の他、市民生活や中小企業活動にも深く関係する諸法律の改正が目白押しに出ており、司法界も大嵐の中にあるというも過言ではありません。向後100年に向け創立時の初志を忘れず、更に邁進する所存です。
久保田 昭夫

■石原都知事 女性差別裁判

 「あなたの存在は、無駄で罪です」「あなたが生きていることは地球の悪しき弊害です」と言われたらどう感じますか。人間の全存在を否定するこのような言葉、これ以上他人を傷つける言葉を私は知りません。これに「生殖能力を失った女性は」とつけて名指して生殖能力のない女性の存在を否定したのが「石原ババア発言」です。女性は、生殖能力の有無で、生きていいかどうかが決まるというのです。人間は子どもを産む以外に多くの活動をして生きています。職場で働きます。税金を支払います。地域社会でボランティアをします。そして差別をなくすために社会で同等に生きていけるように毎日闘っています。石原発言はこの誇り高い人生を否定するものです。
 2002年12月20日、この発言は名誉毀損だと都内在住・在勤の女性119人が、総額1309万円(1人11万円)の損害賠償と謝罪広告を求め、東京地裁に提訴しました。法廷では、原告が自分の受けた損害を語り、感動を広げています。石原発言が存在を否定するものであるがゆえに、損害を語ることはその人の豊かな在り方、人生そのものを語ることになるからです。いのちをかけたこの裁判の行方、ぜひご注目ください。
森 真子

■働いた分は、チャンともらおう!

 昨年11月は不払残業撲滅月間でした。リストラで人が減る一方、残った人達はそのシワ寄せで長時間労働を強いられています。
 いくら働いても残業代が出ない、残業代が月20時間までなどと制限されているという相談は後を絶ちません。労使ともにもらえるはず、払うべきものと知っているのが典型的な不払(サービス)残業。
 しかし、不払残業はこれだけではありません。管理職になったら残業は付かない、というのは日本企業の“常識"ですが、これは大ウソです。残業代を払わなくても法律(労働基準法)違反とならないのは、管理監督者だけ。相当にハイレベルな人―出退勤の自由があり、高い処遇を受けている人―でなければ管理監督者には当たりません。
 裁量労働だから、年俸制だから残業は付かないと言われている人も多いでしょう。しかし、裁量労働として残業代を払わなくても違法とならない条件は、かなり高く設定されています。現状の大半はこれを満たしておらず、違法な不払残業です。
 給料は決められた時間に対して払われるもので、それ以上働けばプレミアをもらうのは当然。残業代不払は立派な犯罪です。社長を犯罪者にしないためにも、白分の時間を取り戻すためにも、不払残業と長時間労働をなくしましょう。
鴨田 哲郎

■イラクに非戦闘地域はあるのか?

 「(イラクに派遣された自衛隊員が)殺される可能性はないかといえばそれは言えない。あるかもしれない」「たたかって相手を殺す場合がないかといえば、これもないとは言えない」。イラク特措法を審議する国会での小泉首相の答弁です。
 人の命をこのようにこともなげに扱う神経を疑いますが、自衛隊が海外で人を殺すことを容認するものとして重要な意味をもっています。
 また、イラク特措法では、自衛隊が活動できるのは「非戦闘地域」に限定されています。しかし、イラクでは今、全土でゲリラ戦が展開されており、戦闘終結宣言後の米兵の死者はそれ以前をはるかに上回っています。ところが、小泉首相は、イラクのどこに「非戦闘地域」があるのかと追求され、「私に聞かれたって、分かる訳ないじゃないか」と発言し、非戦闘地域の虚構性が明らかになっています。
 小泉首相は有事法制審議の中で「自衛隊が軍隊であることを正々堂々と言えるように、将来やはり憲法を改正することが望ましい」と発言し、2005年には自民党の改憲案が提出されることになっています。
 野中広務元衆議院議員が議員最後の演説で「日本が再び戦争の道を歩むと思うと、議席を持っていることが恥ずかしくなった。この国はいったいどうなったんだろう」と危惧を表明していますが、こうした流れをくい止めるのは、国民自身の力です。
宮坂 浩

■ヤミ金融対策法、成立! しかし・・・ 

 生活苦・借金苦で困っている人をターゲットに、異常な高金利で貸し付け、いったん返せなくなると、暴力的に追い詰め、お金をむしりとるヤミ金融。自殺者を出すまでにいたり、ようやくその規制のために貸金業規制法及び出資法の一部改正が行われました(平成15年9月1日施行)。ポイントは、@罰則の大幅な引き上げ、A違法な広告や勧誘の規制、B貸金業登録の厳格化、C年利109.5%を超える利息で貸し付けた場合はその契約自体を無効にすること、などです。なお不十分な点はありますが、改正法をきちんと適用し、ヤミ金融を撲滅すべきです。
 しかし、忘れてはいけません。過剰貸し付け、高金利、過酷な取り立てという意味では、程度の差こそあれ、サラ金もヤミ金融と根っこは同じ。サラ金はCMもやっている「一流企業」?とんでもありません!利息制限法を守らず、ときには金融庁のガイドラインに従わず、次々と多重債務者を生み出しています。ヤミ金融対策と同時にサラ金に対する規制も強化していくべきでしょう。
石井 麦生

ロンドン、ベルリン両マラソン完走記
ラドクリフ、テルガトと走った感動マラソン 

 昨年は、ロンドン(4月13日)とベルリン(9月28日)でフルマラソンを完走した。いずれのマラソンも、出場者がロンドンマラソン約3万3干名、ベルリンマラソン約3万5干名という超ビッグレースである。しかも、いずれも市内を走る平坦なコースのため好記録が出ることで知られており、数年前には高橋尚子が当時の女子の世界最高記録を出している。私自身の二つのマラソンの記録は、練習不足と基礎体力の衰え等のために、決して誇れるものではないが、何よりも嬉しかったのは、世界各国から参加した多くの市民ランナーと、大観衆の中を一緒に走って完走できたことである。
 とりわけ昨年のレースは、ロンドンマラソンでラドクリフ(英国)が女子の世界最高記録を、ベルリンマラソンでテルガト(ケニア)が男子の世界最高記録をそれぞれ出しているが、私は偶然にもこれらの男女の世界最高記録の出されたレースを、いずれも一緒に走るという光栄に浴することができたものであり、言葉には言いえない感動を覚えることができた。
 読者の皆さんも、今年こそ健康マラソン、感動マラソンにチャレンジしてみませんか。
清水 洋二
小説「大黒屋光太夫」
ツァールスコエ・セロ

 ペテルブルグを訪れたことがある。家内と二人の旅であった。美しい町並み、エルミタージュ美術館の見飽きることのない美術品など想い出深い旅でもあった。郊外のツァールスコエ・セロにある工カテリーナ宮殿の絢爛豪華さには驚かされた。内装がすべて琥珀でできている琥珀の間など、贅沢の粋が極められていた。この工カテリーナ宮殿に再会することができた。再会と言っても、吉村昭著『大黒屋光太夫』の中での誌上対面である。光太夫は、1782年神昌丸で白子浦を出船、破船して漂流、カムチャッカ半島の小島に漂着し、10年に及ぶ極寒の地での過酷な日々を乗り越えて、帰国を成し遂げた。光太夫は数干キロの極寒の道程を踏破してペテルブルグを訪れ、工カテリーナ女帝に謁見して帰国の許可を得ることに成功した。その地がツァールスコエ・セロである。船員17名のうち帰国できたのは、わずか3名であった。数奇な運命と光太夫の胆力の大きさを描いた同著は、漂流記小説の傑作であると思う。
徳住 堅治
職業病と奮闘中
ご迷惑をお掛けしました

 昨年の1月末から9月中旬頃まで体調を崩して長期休養を強いられました。その間、依頼者を始め事務所や各方面の方々にご迷惑をお掛けしました。この場をかりてお詫び致します。昨年、弁護士生活15年目を迎えましたが、長年の仕事や諸活動のストレスが重なったようです。からだが思うように動かなくなり、食欲も減退し、7キロほど体重が減りました(現在は、そのリバウンドで10キロ増えてしまいましたが)。自分でも思わぬことで意識しないうちにストレスが蓄積されていたようです。アメリカではストレス疾患が弁護士の職業病と言われていますが、奇しくも自分がそれになってしまったのです。この疾患への対応策は、休養と睡眠。週1回通院するほかは一日自宅で療養生活でした。ある先輩弁護士から、激励の長文の手紙と、詩集・綺麗な花の写真集を頂きました。大先輩も同様の道を歩いてきたことを知って励まされました。まだ、完全復帰ではありませんが、徐々に以前のように復活したいと思っていますので、宜しくお願いします。
野澤 裕昭
負けてなるものか

 「標本は針生検された右葉(5本)および左葉(3本)の前立腺組織です。右葉の3本に異型細胞の増殖が認められます。これらは一部に腺管形成を認めますが、大部分において明確な管腔形成傾向を示さず、孤在性あるいは索状の配列をとって増殖しています。増殖細胞は比較的淡明な胞体を有し、核はそれほど大きくありません。他の5本には明確な異型性は認められません。標本からは低分化型のadenocarcinomaと思われます」とガンの告知。暴れん坊の細胞とか。全く考えてもみなかったことだった(2003.11.11)。
 中学時代のある友は、5日連続で秩父のお寺を巡礼して「お守り」をくれた。また他の友はみちのくのお寺で祈祷をしてくれ護符までも送てくれた。多くの人々が「強靱なる精神カで頑張れ」と励ましてくれる。感泣!感謝!の毎日だ。
 その後の検査結果を踏まえ、数日後には手術を含め治療法が決まるけど、「嵐狂えば雪降れば、いよよ燃え立つ意気の火に、血は逆巻きて溢れきて、陣鼓響きて北海の『健児髀肉を嘆ぜしか』、遂に南下の時至る」(旧制四高・南下軍の歌)を絶唱するの心境です(2003.11.21記)。
 [追記]骨髄検査等によって、他に転移していないことがわかったので、全摘手術を決断し、目下ホルモン治療と自己血液を貯蔵中。年賀欠礼します。
仲田 晋
模索・・・永遠のテーマです
還暦、家族や時代

 10月の土曜の午後、久保田弁護士の喜寿と私の還暦を、二夫婦一緒に祝ってくれる事務所の宴がありました。私は事務所に入って10年足らずで肝臓を患ったりしたものの、事務所の暖かい配慮で漸く復帰できたことへの感謝を述べているうちに、思わず声が詰まりました。永年の間、周りの人たちに本当に苦労や迷惑もかけたりしたなと感謝やお詫びの気持で、こみあげるものがあったのです。
 現在も模索を続けていると述べたりすると、子供たちから、歳甲斐も無いと笑われたりします。しかし、還暦で初心に還り、さらなる飛躍を求め、模索や探求を続け、為されるべきことを成せればと思っているのです。
 私は両親の上州と越後の血.を受け継いだりしたこともあってか、熱しやすいが、内省もしやすい面と、石橋を叩いてわたるという慎重さと凝り性とが同居し、結構複雑な性格なようです。子供たちも、様々な模索を続けながら、自分なりの路を見出してくれればと思っています。家族のありようも、明治・戦前の大家族制度、戦後の崩壊と残存、核家族での苦闘と、時代とともに模索が続いています。高齢化、国際化や平和憲法の改憲志向という厳しい時代の動向で、一層の試練を迫られそうです。
岡田 克彦
裁判の過ちをくり返さないために!
冤罪・下高井戸放火事件

1.99年3月2日午後1時頃寿司店営業のT氏がアルバイトの夜勤明けに2階居室で就寝中、息苦しく目が覚めると隣室から黒煙が出ていた。Tさんは怖がる飼犬を階段から蹴飛ばして避難。もともと寿司店1階ドアには施錠設備がなく外部から侵入することは容易だった。
2.警察は、T氏を連日呼び出し12時間の取り調べをした。「女房を逮捕する」と言われ意識が朦朧とするなかT氏は虚偽自白をしたが、それは「同じ建物内のペット屋2階に灯油を撒き放火した。」という内容だった。実はこれに先立ち、消防は火元は寿司店1階店舗内と判定しており、科捜研も同旨の結論を出していた。弁護人と面会できたT氏は自白を撒回した。しかし警察は火災研究者に、「火元は寿司店1階とペット屋2階の2箇所」との意見書を急いでつくらせ、検察はT氏を放火罪で起訴した。
3.法廷の尋問で、同研究者は2階床下の構造材の配置を誤認し、それを不可欠の前提として結論を導いたことが判明した。さらにT氏側は専門家に鑑定を依頼し、燃焼実験を2度にわたり行い、「ペット屋2階は火元ではない」との証言を得た。すでに検察宮の論告求刑、弁護側の最終弁論がなされた。家族や支援者に励まされT氏は頑張ってきたが、公正な裁判がなされることを期待してやまない。
今村 核
ソフトボール大会で初優勝
今年はV2をめざして!

 2003年11月14日、澄みわたる秋空の下、毎年恒例の自由法曹団東京支部ソフトボール大会が行われた。我が旬報法律事務所チームは昨年、諸処の事情により出場できなかったため、今年こそは、と今村幸次郎キャプテンの下、意気があがっていた。初戦は苦戦したが、山内弁護士を始めとする打線の爆発により勝利。試合を追うごとに工一ス圷弁護士の投球が冴えはじめ、若手顔負けの華麗なプレーを見せる徳住弁護士、リリーフ宮坂弁護士、元野球部の新戦力・佐々木弁護士ら、出場選手全員が活躍して4戦を闘い抜き、準決勝では19得点、決勝ではあわや完封という圧勝で、見事初優勝を果たした。運動オンチの私はといえば専らベンチを守り、応援に徹することでチームの優勝に貢献した。何はともあれ、この事務所初の栄光を、今年は連覇という形で持続させるべく、所員一同さらに一致団結したいものである。
雪竹 奈緒

■IBMスタッフ専門職組合員資格問題 〜東京地裁で勝訴判決〜

 約20年前に〈ライン専門職と専任以上のスタッフ専門職は非組合員とする〉旨の条項を含む労働協約を結んでいた組合は、その後専任のスタッフ専門職の比率が格段に増加したことから、事情変更を理由に協約の一部であるこの条項を解約した。その後組合に加入してきた専任以上の3名に対し、会社は前記の条項をたてにとって管理職には組合員資格がないとしてチェックオフを拒否し、「ストに参加すれば処分対象になり得る」などと通告して加入を妨害した。組合は不当労働行為の救済を求めたが、都労委は驚くべきことに、3名は利益代表者でなく組合員資格が認められるとしながら、協約に前記の条項が存在することから、会社には不当労働行為意思はないとする棄却命令を下した。組合はこの命令の取り消しを求めて提訴していたが、去る10月1日東京地裁は組合の主張を認め、都労委命令を取り消して、会社の行為を不当労働行為と認める判決を下した。判決は3人の組合員資格を認めるとともに、労働協約の一部解約の効力を認め、客観的に反組合的な行為であれば、不当労働行為意思が認定できるとする画期的なものであった。残念ながら都労委が控訴したため事件は高裁の場に移されている。
大熊 政一

■三洋電機昇格自殺死事件

 平成8年9月、浦和のTさん(当時46歳)が自殺した。原因は何か。妻と長女は会社に原因があるという。三洋電機の部品販売会社に勤務するTさんは、前年2月に係長から課長に昇格したが課長職は重いと悩み続けていた。職場で遺族に協力するものは1人もおらず、提訴しても同僚から期待できる証言は絶望的である。どうするか。妻と長女は大阪本社に元同僚を訪ねることとした。元同僚は戸田工場でTさんの相談相手だったからである。元同僚は妻と長女に対し、自殺の4ヵ月前、診断書を提出して休暇を願ったTさんに対し、部長が「こんな病気で休むと気ちがいとみられる」と罵って、申し出を拒否した事実を明らかにした。メンタルクリニックから「自律神経失調症、1ヵ月の療養を要す」の診断書をもらって安堵したTさんだったが、気ちがい呼ばわりされて休暇を拒否されたのである。元同僚は課長昇格を悩むTさんの当時の姿も語ってくれた。会話をテープに録音することに成功した妻と長女は、平成9年3月浦和地裁に提訴した。元同僚は法廷で前言を翻したが、録音テープが決定的な証拠となり、地裁そして東京高裁はTさんの自殺は予見できた、部長が自殺に追い込んだとして会社と部長の責任を認めた。勇気を振り絞って隠し取りに挑戦した妻と長女が自ら無念を晴らしたのである。
島田 修一

■秩父じん肺訴訟全面解決 〜ご支援ありがとうございました〜 

 92年10月の第一陣訴訟提起以来11年、秩父じん肺訴訟が昨年9月に全面勝利解決した。秩父地域の金属鉱山や石灰石鉱山などで長年削岩作業などに従事し、大量の粉塵を吸い込んだ結果じん肺という労災職業病に罹患した労働者が、安全配慮義務を怠った被告企業に損害賠償を求めていた裁判である。
 99年4月には、第一陣訴訟につき、当時の浦和地裁熊谷支部が原告勝利判決を下した。この判決は、@死亡患者原告の損害賠償請求権の消滅時効は死亡時から進行するという初の判断を示して最高裁判決より救済の範囲を広げ、A石灰石鉱山でのじん肺罹患にも企業責任を初めて認めるなどじん肺闘争史上画期的な判断で、その後の他の判決にも大きな影響を与えた。01年10月の東京高裁判決も、消滅時効死亡時起算点を採用して原告全員を救済した。その後秩父、埼玉や東京の労働組合、市民の支援により全面勝利解決を図ることができた。長い闘いの中で生存患者原告が6名も亡くなってしまったことは残念だが、原告数が少なく小さなこのじん肺根絶の闘いが、全国に大きな影響をもたらしたことを誇りにしたい。
山内 一浩

■警視庁HIV感染者辞職強要事件

 警視庁は、平成の初めから十数年にわたって、警察官として採用された職員に対して、警察学校入校時の身体検査において無断でHIV抗体検査を行っていました。HIVキャリアの人を組織的に職員採用から排除していたのです。
 この無断検査で、HIV感染の事実が判明した一人の男性が、警視庁から採用を拒否され、警察学校への入校辞退願い書を書かされました。事実上の免職でした。このような無断検査と辞職の強要は違法だということで、警視庁と検査を行った警察病院を被告として慰謝料の支払いを求めた裁判の判決が、昨年5月28日東京地方裁判所で言い渡されました。原告の全面勝訴でした。たとえ警察官という激務の仕事であってもHIV検査の必要性すらない、違法な検査であるという判断でした。
 わが国では、まだまだHIVキャリアであることによる就職差別や職場での差別がなくなりません。この判決がキャリアの人たちに少しでも希望と勇気をもたらすものであってほしいと心から願っています。
棗 一郎

■ぶらりらくちょう −楽しみの有る町−

 「有楽町」というのは、楽しみの有る町だからそういうのだろうと思っていましたが、地名の語源はどうも違うようです。江戸時代、この辺りには、織田信長の弟で、茶人でもあった織田有楽斎(うらくさい)の屋敷があったことから、それが地名になったようです。「数寄屋橋」というのも、そこに有楽斎の茶室(数寄屋)があったのでその名前が付いたということのようです。ただ、フランク永井の歌にもあるように、「有楽町」には、楽しい出会いを連想させるところがあり、「楽しみの有る町」というイメージが定着しています。
 「有楽町で会いましょう」が流行したのは1950年代。1954年創立の当事務所も今年でちょうど50周年になります。有楽町に事務所が移ったのは1973年。以来、30年にわたって、ここ有楽町で活動してまいりました。これからも、「人々の楽しい生活」の実現に役立つ事務所であり続けたいと思っています。
今村 幸次郎

〜法律相談〜 預金過誤払

 Q.ピッキング被害に遭い、犯人は盗んだ通帳を使って私の預金を全て引き出してしまいました。銀行は責任などないというのですが、全財産が盗まれて困っています。銀行に責任は問えないでしょうか。

 A. 同種被害はピッキング被害の激増に伴い、平成10年頃より急増しています、典型的手口は、盗んだ通帳に届出印として押された印影をパソコンのスキャナーなどで複製し、印鑑もなしに窓口で現金を引き出す方法です。印鑑は本人が大事に保管するもので、偽造も技術的に困難でしたから、裁判所も、銀行が届出印と払い戻しの際の印影を比べ、ある程度の注意をもって同じと判断すればチェックは十分として、誤った無権限者への払い戻しも許されるとしてきました。
 しかしながら、今や印影の偽造が簡単にでき、通帳印鑑もあっさり盗み出せる世の中となり、その前提が大きく覆りました。にもかかわらず、この情勢下でも、銀行は何のチェック機能もなさなくなった、従来の方法に終始して、漫然と無権限者を見過ごし、払い戻しの被害者を増やしながらも、自らの責任は否定し続けました。利息がほとんど付かない今、銀行に預ける意味は安全性にしかありません。ところが、当の銀行は、他人のお金を預かる立場でありながら、無権限者に安易に払い戻しをしてしまうのです。
 私も加入する預貯金過誤払被害対策弁護団では、これは銀行の怠慢であるとして、各銀行を集団的に訴え、運動を展開しています。少しずつですが、銀行の責任を認める判決も出始め、裁判所の考えも変わりつつあります。預金は各人が将来のため、老後のために、と思い思いにこつこつ貯めた大事なお金です。諦めず相談にお越しください。
圷 由美子

昨年は記録的な冷夏で、野菜や米が大打撃を受けた。他方、欧州では死者が出るほどの猛暑であった。人類の営みによって、私たちの生活が地球規模で変化しようとしている。今ある四季の恩恵を受けながら、またその移ろいを楽しみながら、この一年も頑張りたい。
(船越賢明)
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